「また会いたい」と思われる別れ際のひと言|接客の現場から

研修の最後に質問を受け付けると、かなりの確率で聞かれることがあります。
「お客様をお見送りするとき、最後に何て言えばいいんですか」という質問です。

こんにちは、接遇研修の講師をしている三宅千尋です。
外資系ホテルでフロントとコンシェルジュを11年、その後IT企業で役員秘書を5年務め、いまは中小企業の新人研修や窓口対応研修をお手伝いしています。

「ありがとうございました」は言える。
でも、それだけだと物足りない気がする。
かといって気の利いたことを言おうとすると、わざとらしくなる。
研修でお会いする方の多くが、このあたりで立ち止まっています。

この記事では、ホテルの現場で教わり、自分でも失敗しながら覚えてきた別れ際のひと言を、場面ごとに整理しました。
そのまま使える例文も載せています。

最後のひと言が記憶に残りやすい理由

終わり方が体験の記憶を左右するという研究

心理学者のダニエル・カーネマンらが1993年に発表した、少し変わった実験があります。
参加者は片手を14℃の冷たい水に60秒つけます。
もう片方の手では、同じ60秒のあと、水温を15℃まで少しだけ上げてさらに30秒つけ続けます。

つらい時間は後者のほうが長いはずです。
ところが「もう一度やるならどちらか」と聞くと、32人中22人(69%)が長いほうを選びました。
人は体験を振り返るとき、長さよりも「いちばんつらかった瞬間」と「終わり方」で評価しやすい、という結果です。

同じ研究グループは、大腸内視鏡検査を受けた682人を対象にした臨床研究も行っています。
検査の最後に負担の軽い時間を少し加えた人たちは、検査全体をつらくなかったと振り返り、その後の再検査にもわずかに多く足を運んでいました。

どちらも痛みの研究なので、接客にそのまま当てはめるのは乱暴です。
それでも「終わり方が、次にまた来るかどうかに関わる」という話は、ホテルで働いていた頃の実感とよく重なります。

ただし、決まり文句の締めでは効かない

面白いのは、実際のサービスの現場で調べた研究では、逆の結果も出ていることです。
オランダの研究者らが2004年に発表した論文では、金融機関のコールセンターの通話を分析しています。
お客様の満足度に効いていたのは、通話全体の対応の質と、途中にあった「特に良かった瞬間」でした。
最後の部分は、予想に反して満足度にマイナスに働いていたそうです。

著者たちは理由の一つとして、通話の終わりがどれも「さようなら」「ご利用ありがとうございました」のような同じ言い回しで、中身の薄いものだった点を挙げています。
決まりきった感じのいい締めを機械的に続けると、かえって逆効果になるかもしれない、という考察です。
研究者自身が「慎重に解釈すべき」と書き添えている結果ではあります。

この二つを並べると、別れ際について言えることが見えてきます。
最後のひと言は大事です。
ただ、誰にでも同じ言葉を言うだけでは、その力は出ません。

ホテルのお見送りで最初に教わったこと

感想を伺う、感謝を伝える、次をお願いする

新人の頃、チェックアウトのお客様に「ありがとうございました。お気をつけて」とだけ言ってお見送りしていました。
それを見ていた先輩に、あとで言われたのが「それ、誰にでも言ってるでしょう」というひと言です。

ホテルのお見送りの基本は、厚生労働省がまとめている職業能力評価基準(ホテル業)にも書かれています。
ベル係のチェックアウト業務の項目には、「お客様に滞在の感想を伺い、感謝の言葉を沿えてまたの来館をお願いしている」とあります(「沿えて」は原文の表記のままです)。
レセプションの項目にも「感謝の言葉を添えてお送りしている」という記述があります。

感想を伺う。
感謝を伝える。
次をお願いする。
国の基準に並んでいるこの順番は、私が現場で教わったお見送りの形と同じでした。

なかでも大事なのは、最初の「感想を伺う」です。
ここでお客様がひと言返してくださると、そのあとに続く感謝の言葉が、その人に向けた言葉に変わります。

定型句に「その人だけのひと言」を足す

とはいえ、忙しいフロントで毎回じっくり会話できるわけではありません。
そこで研修でお伝えしているのは、定型句を捨てずに、短いひと言を足すやり方です。

定型句だけひと言足した例
ありがとうございましたありがとうございました。昨日ご案内したお蕎麦屋さん、いかがでしたか
お気をつけてお帰りください午後から雨の予報ですので、お気をつけてお帰りください
またのお越しをお待ちしております次はぜひ紅葉の時期に。お庭の色がまったく変わりますよ
お疲れ様でした本日は長い時間ありがとうございました。資料は明日中にお送りします

足すひと言の材料は、たいてい会話の中にあります。
チェックインのときに聞いた旅の目的、お部屋のご希望、話題に出た地名。
それを覚えておいて、最後に一つだけ返すのです。

言葉の引き出しを増やすのに役立つ一冊

足すひと言の引き出しを増やすのに、最近研修の準備で手に取った本があります。
マナー講師の諏内えみさんの新刊です。
諏内さんは『「育ちがいい人」だけが知っていること』(ダイヤモンド社)の著者で、シリーズ2冊の累計は80万部を超えています(著者公式サイトより)。

今回の本は、仕事や友人関係、恋愛、会食、メールやLINEといった場面ごとに、101の言い方を集めたものです。
目次を開くと、第7章が「『また会いたい』と思われる話し方」。
「別れ際の5秒は、名刺よりも強い」「エレベーター前の沈黙を制する戦術」「帰らない客、どう送り出す?」と、このあと書いていく場面がそのまま見出しに並んでいて、思わず笑ってしまいました。

出版社の紹介文には、気くばりとは自分を犠牲にして相手に合わせることではなく、相手を大切にしながら自分も無理をしないための「言葉の技術」だ、と書かれています。
毎日たくさんのお客様を見送る仕事の人ほど、この考え方に救われるはずです。

場面ごとの言い方をまとめて知りたい方は、諏内えみさんの『大人がしている 気くばりのある話し方』の紹介ページで目次や内容を確かめてみてください。

場面別・別れ際のひと言

店舗や窓口でお客様を見送るとき

窓口や店舗は会話の時間が短いぶん、「今日のその人」に触れるのがいちばん手軽です。

  • 「本日はありがとうございました。お探しのサイズが見つかってよかったです」
  • 「お手続きお疲れ様でした。書類が届きましたら、またご連絡ください」
  • 「お荷物が多いので、段差にお気をつけくださいね」

3つ目のような、目の前の状況に合わせた気づかいは、言われた側がよく覚えているものです。
ホテル時代、ベビーカーのお客様に「エレベーターは右奥のほうが広いです」と添えただけで、後日のアンケートにそのことを書いていただいたことがありました。

来客をエレベーターまで見送るとき

秘書時代にいちばん気をつかったのが、エレベーターの前です。
ボタンを押してから扉が開くまでの数十秒は、黙っていると妙に長く感じます。

ここで使いやすいのは、その日の打ち合わせの中身に触れる短いひと言です。

  • 「本日のお話、さっそく社内で共有いたします」
  • 「〇〇の件は、次回もう少し詳しい資料をご用意しますね」
  • 「駅までの道、この時間は混みますので、お気をつけて」

扉が閉まり始めたらお辞儀をして、扉が閉まりきるまで頭を上げないようにしていました。
お客様は、閉まりかけた扉のすき間から意外とこちらを見ています。

商談や会食の帰り際

商談や会食のあとは、お礼メールの書き方に意識が向きがちです。
けれど、相手の印象に残るのは、その場で交わした最後の言葉のほうだと私は考えています。

商談の帰り際に気をつけたいのが「参考になりました」です。
マナーの世界では、目上の方に使うと相手を評価しているように聞こえ、失礼にあたると言われることがあります。
先ほどの諏内さんの本にも、第1章に「その『参考になりました』は失礼」という項目があります。
代わりに「〇〇のお話、さっそく試してみます」のように、自分がこれからどうするかを伝えると、気持ちがまっすぐ届きます。

会食なら、次につながる言葉が自然です。
「今日のお店、今度は家族と来てみます」のように相手が選んだお店に触れると、ごちそうになった場合のお礼にもなります。

職場で先に帰るとき

別れ際のひと言は、お客様相手だけのものではありません。
研修で意外と質問が多いのが、「上司より先に帰るとき、何と言えばいいか」です。

文化庁の令和6年度「国語に関する世論調査」によると、一緒に仕事をした人に仕事が終わったとき掛ける言葉は、職階が上の人に対して「お疲れ様(でした)」が77.1%と最も多くなっています。
次いで「ありがとう(ございました)」が16.5%、「御苦労様(でした)」は3.5%でした。
職階が下の人に対しては、「お疲れ様」が71.2%、「御苦労様」が14.9%です。

使い分けの考え方は、文化審議会の答申「敬語の指針」が参考になります。
「御苦労様」はねぎらいの言葉で、上の立場から下の立場に向けたものになるため、目上の人には使わない方が良いとされています。
一方の「お疲れ様」は、一緒に仕事をした後にお互い声を掛け合う場面でも使われ、「お疲れ様でございました」のような丁寧な言い方なら上司にも使える、という整理です。

私が好きなのは、同じ項目の最後にある一文です。
定型的な表現ではなく、「おかげ様で仕事が少し分かるようになってきました」のように別の観点から気持ちを伝えることもできる、と書かれています。
「お先に失礼します。今日教えていただいた集計のやり方、明日さっそく使ってみます」と言える新人は、上司の記憶に残ります。

別れ際にやってしまいがちなこと

私自身がやってしまったことも含めて、よく見かけるものを挙げます。

  • 言い終わる前に、体が次の作業のほうを向いている
  • お礼を言われて「いえいえ」だけで返してしまう
  • 時計や次のお客様に、ちらっと目をやる
  • 見送りの途中で、同僚と私語を始める
  • 名残惜しさから話を引き延ばし、相手の予定を押してしまう

どれも言葉そのものより、態度の問題です。
「敬語の指針」には、「形だけの敬語では、敬意は伝わらない」という一文があります。
お客様の顔を見ないまま接客を済ませるような、態度が言葉を裏切っている例を挙げたうえでの言葉です。
別れ際のひと言も同じで、どれだけ言葉を選んでも、目線がほかを向いていれば伝わりません。

なかなか帰らないお客様への切り出し方

反対に困るのが、話が終わらないお客様です。
ロビーでの立ち話が30分を超え、後ろにチェックインのお客様が並び始めたことが何度もありました。

こういうときに私が使っていたのは、相手の予定を気づかう形の言葉です。

  • 「すっかりお引き止めしてしまいました。お時間は大丈夫でしょうか」
  • 「続きは、次にお越しの際にぜひ聞かせてください」

「こちらが忙しい」ではなく「あなたの時間を気にしている」という形にすると、相手も気持ちよく腰を上げてくださいます。
2つ目の言い方は、そのまま次の来館のお願いにもなっています。

まとめ

この記事でお伝えしたことを振り返ります。

  • 終わり方は体験の記憶に影響しやすいが、決まり文句だけでは効かない
  • ホテルのお見送りの基本は「感想を伺う、感謝を伝える、次をお願いする」
  • 定型句は捨てずに、会話から拾った短いひと言を足す
  • 目上の人には「御苦労様」ではなく、「お疲れ様でございました」や感謝の言葉を
  • 言葉より先に、目線と体の向きを相手に残す

新人の頃に先輩から言われた「それ、誰にでも言ってるでしょう」は、いまでも研修で必ず話すエピソードです。
明日の最後のひと言を、一人分だけ「その人向け」にしてみてください。
それだけで、相手の帰り道に残る記憶が少し変わります。