「ディスペンサーはただの接着剤を出す装置でしょう?」
もし、そう考えている方がいれば、私は強く言いたい。
その認識こそが、製造ラインの品質を大きく左右する「落とし穴」です。
かつて、私が若手エンジニアだった頃、量産ラインで1万個以上の不良品が出た悪夢のような経験があります。
原因は、ディスペンサのわずかな不調。
吐出圧、周囲の温度、そして液剤の粘度という見えない要因のわずかな変動が、製品の寿命を左右するズレとなって現れたのです。
「1滴のズレが、世界を変える。」
この経験から、私は工業用ディスペンサーこそが「製造品質の心臓部」だと確信しました。
この記事では、私、三浦創一が20年にわたり探求してきた「吐出制御」の極意を、現場で役立つ知恵としてお伝えします。
難解な制御理論を噛み砕き、あなたのものづくりの精度を確実に深めることをお約束します。
目次
制御の重要性:なぜ「1滴のバラツキ」が生まれるのか?
工業製品の高性能化が進む現代において、接着剤や封止材の塗布は「精度±数パーセント」が許されない極限の領域にあります。
では、なぜ理想的な吐出量と、実際の吐出量にズレ(バラツキ)が生まれるのでしょうか。
それは、液体である「塗布材料」が、非常に外部環境の影響を受けやすい生き物だからです。
特に、従来の空圧(エアパルス)方式のディスペンサーでは、以下の3つの主要因が、制御の再現性を揺るがす原因となります。
- 粘度の変化:使用している液剤の温度が変わると、粘度も変化します。粘度が上がれば吐出されにくく、下がれば液だれしやすくなります。
- 圧力の変動:エア源やシリンジ内の空気圧は、配管のわずかな漏れや供給元の変動で変化し、吐出量に直結します。
- 吐出の応答性:特に高速塗布において、バルブの開閉や圧のON/OFFのレスポンスが、狙った吐出波形とズレを生じさせます。
「現場の空気を知らない理論は、机上の滴にすぎない。」—この言葉は、環境変化を想定しなかった過去の失敗から生まれた、私の戒めです。
吐出制御の「呼吸」:駆動原理から理解する
吐出精度を高めるには、まずディスペンサーがどのように「液を押し出しているか」という駆動原理を深く理解する必要があります。
吐出は、音楽で言えばリズムの取り方と同じです。
ここでは、精度と安定性を追求する上でカギとなる、主要な2つの方式を紹介します。
参考: 2液型ディスペンサー塗布装置
容積計量式(メカニカル)の強み
容積計量式は、空気圧を使わず、ピストンやプランジャのストローク量によって、物理的に一定の容積を計量して吐出する方式です。
- 特徴: 粘度や供給圧が変動しても、吐出される容積は常に一定です。
- 制御の思想: メカニズムで精度を担保するため、「液剤の粘度変化に強い」という圧倒的な安定性があります。
ピエゾ式ジェットディスペンサ(非接触)の真髄
ピエゾ素子に電圧をかけることで、素子が高速・微細に変形し、ロッドを動かして液剤を非接触で飛ばす方式です。
- 特徴: 最小吐出量はnL(ナノリットル)レベル、高速(1000Hz以上)に対応し、微細な塗布が可能です。
- 制御の思想: 極めて高い応答性と再現性が特長であり、吐出波形(吐出する時の圧力と時間の関係)を電気信号で緻密に制御することが、精度±1%以下の実現に不可欠となります。
精度を支配する三大要因と解決策
吐出の安定性を得るために、現場のエンジニアが取り組むべき解決策は、「環境要因を制御する」の一点に集約されます。
粘度変動への対抗策:温度制御は必須
液剤の粘度は、わずか数℃の温度変化で大きく変わります。この粘度変化こそが、吐出量のバラツキの最大の要因です。
- 解決策: ディスペンサーの流路内部にヒーターを組み込み、液剤を最適な温度(例:75℃まで)に維持します。 これにより、温度による粘度変化を最小限に抑え、吐出の安定性を劇的に向上させます。
吐出圧変動への対抗策:リアルタイム補正
空圧式を用いる場合、シリンジ内の圧力の変動を完全に防ぐことは困難です。
- 解決策: 圧力センサーと連動したリアルタイムフィードバック制御を導入します。これは、圧力が下がった瞬間に吐出時間をわずかに延長するなど、アルゴリズムが自動で補正をかける技術です。私が特許を取得したマイクロディスペンサ制御アルゴリズムも、この発想の結晶です。
経年劣化への対抗策:ピエゾ素子の活用
エア駆動の電磁弁などは、部品の経年劣化により性能が低下し、吐出のタイミングがズレていきます。
- 解決策: ピエゾ素子は性能が永続するため、長期間にわたって高精度を持続させやすいです。 ディスペンサーの選択段階で、駆動部の耐久性と再現性を重視することが長期安定の鍵となります。
【実践】精度±1%を実現する現場の知恵
理論を知っていても、現場で使えなければ意味がありません。
ここでは、私がミライ精密工機で培ってきた、極限の精度を実現するための具体的な「現場の知恵」を共有します。
- 吐出前の「予備動作(プライミング)」のルーティン化
- 長い休止時間の後や、液剤を補充した直後は、吐出特性が不安定になりがちです。少量の予備吐出(プライミング)を数回行うことで、流路内の圧力を安定させ、「最初の1滴」の精度を高めます。これは、コーヒーのドリップで湯量を安定させるための「蒸らし」と同じ役割です。
- 「吐出波形」の可視化と解析の徹底
- 吐出の「瞬間」の圧力変化を専用のセンサーで測定し、波形として記録・解析します。完璧な吐出は、安定した美しい波形を描きます。波形が乱れている時は、必ずどこかの制御パラメータ(時間、圧力、温度)に問題があります。±1%を実現する上で、この波形を徹底的に追い込む作業が、最終的な精度を決定づけます。
- 環境ノイズ(振動、温度、湿度)の遮断
- 高精度塗布では、外部のわずかな振動や、エアコンの風が引き起こす温度の局所的な変化も影響します。装置自体を制振台に乗せたり、ノズル周辺に局所的な温度バリアを設けたりといった、地道な環境対策こそが、最終的な不良率をゼロに近づけます。
制御は、思いやりだ
この記事を読んで、ディスペンサーの吐出制御が、いかに緻密で情熱的な世界かを感じていただけたなら幸いです。
「制御は、思いやりだ。」
私はいつもそう考えています。
それは、液剤という“生き物”への配慮であり、その先の「製品の品質」を保証するという、エンジニアとしての読者への「思いやり」そのものです。
技術の細部に宿るこの思想を共有し、共にものづくりの未来を築いていきたいのです。
今日からあなたの現場でも、ディスペンサーを「心臓部」として捉え、温度や波形にまで目を配る“一滴の哲学”を実践してみてください。
1滴のズレが、品質の未来を変える。あなたの挑戦を心から応援しています。



